過敏性腸症候群を発症して、変化したことについて

fromおかん

こんにちは!おかんです。

私はIBS、過敏性腸症候群ガス型を発症して22年を迎えました。

発症する前と後では、人生が大きく変わってしまい、またそれは考えてみたこともない予期せぬ出来事であったため、不安や絶望、どうすることもできない歯がゆさ、そして孤独を身を持って経験してきました。

また、そうしたこの病気を通じて得た経験は私の体と心、性格、将来までも大きく変えてゆくものでした。

そんな私がこの病気を経験して、自分が変わったと思えることについてまとめてみます。

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過敏性腸症候群ガス型を発症して変わったこと

体の変化

体の変化は、IBS、過敏性腸症候群ガス型によるお腹にガスがたまりやすく、おならが沢山出るようになったことです。

自分で止めよう、止めたいと思っても、お腹の中でガスがぐるぐると異常に溜まっていくのがわかり、お腹がとても痛く、苦しくも感じます。

そうした症状から、体中がこわばり、1日を終えるともうどこにも出かけられないほどの疲労感を感じるようになっていました。

また、この悩ましい症状は、いつも私の気持ちを落胆させて、気がつくと眉間にシワが寄ったり、元気のない表情を作っていました。

人間関係の変化

IBSガス型という深刻な悩みを抱えた私は、自分の心の内をオープンにできず、また、そうした“おならがとまらないという悩みを自分からは打ち明けることができない私”を受け入れてくれるほんのわずかな人と交流を持ってきました。

“お腹にガスがぐるぐると溜まる”“おならがでやすい”というコンプレックスを抱えたことで、自信をなくし、多くの人との交流を恐れていたことも事実です。

また一方で、どこかに安心して自分のありのままをさらけ出せる人を探していたときもあり、異なる世界に足を踏み入れてしまいそうにもなりました。

最終的には、それまでの私にはできなかった“一人で過ごすこと”が出来るようになり、“一人で過ごすこと”により、自分を見つめ直すことができ、わずかな自信を持ちつつ、また人間関係も少しづつ変化してきました。

現在は年齢を重ねて、さまざまな経験を積み、以前よりも多くの方と交流関係を築くことができていますし、信頼をおける友とよべる人にも出会うことができました。

人間関係とは変わるものだという実感を強めています。

孤独を経験し、自分と向き合えたこと

私は“孤独を経験し、自分と向き合う”ことを余儀なくされました。

発症当時の私にとって“孤独”とは、最も恐れるものでした。

中学生、高校生という多感な時期にIBSガス型により、孤独を経験したことで、一人でいることの寂しさ、辛さを充分に味わってきました。

周りの多くの友達が、一緒に買い物やカラオケなど遊びに出かけたりしている様子は、とても輝いて眩しく感じました。

多感な時期を孤独に、自分と向き合い過ごすことは、辛く、苦しいものでしたが、私自身を大きく成長させてくれました。

また、私は孤独を耐えぬく力を身に付けることができました。一人でいることが、周りからどのように見られるか、といったような考えはなくなり、“一人で過ごすを恐れることなく、恥ずかしくもなく、自信を持って一人で過ごせるように”なりました。

性格の変化

性格は年齢とともに変化するとも思いますが、私の場合は、IBSガス型発症により、大きく変わりました。

発症により、自分に自信を無くしていた一時期は、自分の殻に閉じ籠り、誰にも触れられたくない沈んだ気持ちを持つ性格に。

しかし、“こうして沈んだ気持ちで、周りのことに気を取られてばかりいても仕方がない”と思えるようになったら、“前進あるのみ”という前向きな気持ちを持つ性格に。

そうした二つの自分は、繰り返し交互に訪れていましたが、現在は以前の私とは比べ物にならないくらい、前を向いて過ごせており、気持ちの切り替えが上手にできるようになりました

自分の残りの人生を時間を悩みばかりで無駄に過ごしたくない!という気持ちが原点にあるのだと思います。

生きることへの渇望

“生きることへの渇望”は、やはり病気になって、心身の不調に悩まされる経験をしないと、なかなか生まれないのかもしれません。

私は中学生で過敏性腸症候群ガス型を発症し、これまでの長い間をこの病気で悩まされながら過ごしてきました。

過敏性腸症候群は、今すぐに命の危険に関わる病気ではありませんが、その社会的、本人に与える根源的なダメージはとても大きく、日常生活での損失は計り知れないでしょう。

そうしたこの病気を通じて日々を過ごす私は“生きることへの渇望”が生まれ、日常生活のなかで“お腹が痛くなかった日”“おならに悩まされなかったとき”を見つけること、そうした不安がなく普通の1日が送れることに心から喜びを見出だせるようになりました。

周りの健康に過ごしてきた人たちと比べて、年齢よりも早く、こうした考えにたどり着いたと思いますが、人生の喜びを日常生活の些細なことや、平凡だと思われる毎日のなかに見出だすことができるようになった私は、色んなことを許せるようになりました。

“許す”ことができることは、自分のなかの執着心を手放すことができ、肩の荷物を一つ下ろせるようになったことで、気持ちが楽になれました。

過敏性腸症候群ガス型による発見のある人生

過敏性腸症候群ガス型を発症し、沢山の孤独、不安や絶望の気持ちと向き合ってきましたが、今となり思うのは、この病気を通じて得られたことも数多くあるのだということです。

心身はギリギリのところまで追い詰められましたが、そうしたときに“どうしたら自分は落ちつくことができるのか”を頭をひねりながら、手探りで探そうとするなかで、孤独に耐えぬく力、見えないながらも前に向かって切り開いていく力を身に付けることができました。

また、理屈では説明のできない自分の不条理だとも思える身体を持つようになり、周囲の人々に真心を持ち接するようにもなれました。

今、あなたはどのような闘病生活をお過ごしでしょうか?

過敏性腸症候群ガス型を発症し、私は間違いなく成長したと思えたことをお伝えしたいと思います。

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